ここにも、そこにも、あそこにも。
どこを見ても目にするもの。それは、ATM。 街中はもちろん、南極大陸のような僻地にさえ設置されていますよね。現金の入出金から振り込みまで、銀行の窓口に行かずにほぼいつでも利用できる便利な機械。キャッシュレス時代の昨今でもまだまだ重宝されるATMですが、さて、「ATM」とは一体なんの略でしょう?実は、これらたったの3文字に「セルフサービス化」の歴史が詰まっているんです。
言葉で見る「ATM」
オートマチックとマシーンはわかるけど・・・。テラーってなに?
” Teller ” はそのまま訳すと「話し手」という意味だけど、
ここでは「銀行の窓口係」のことを指すよ!
早速答え合わせをしましたが、「ATM」の「 T 」は「Teller(窓口係)」という意味でした。自動で(Automatic)銀行の窓口係(Teller)と同じサービスを提供する機械(Machine)だから「ATM」と呼ばれているんですね。ただし、これは今ではの話。
ATMが世界で初めて設置された当時からそう呼ばれていたわけではありません。
「営業時間外に銀行のサービスが受けられる自動装置」の構想自体は、世界初のATMが設置されたと言われる1967年よりも前からあったようです。しかし、ATMの開発に拍車がかかったのは、公共サービスの自動化が進み、セルフサービスが庶民により親しまれるようになった1960年代のこと。アメリカとイギリスでほぼ同時期にATMの原型ができていきます。
海を超えた国同士でほぼ同時に・・・。
じゃあ、ATMって誰が発明したの?
では、ここですこし歴史をのぞいてみましょう。
1960年代、セルフサービス発展期
1960年代は変化と反抗の時代。
ビートルズ、東京オリンピック、アポロ11号、ベトナム戦争、ケネディ大統領暗殺・・・。世界情勢はさることながら、庶民の暮らしにも今の時代に通ずる変化が現れていきました。特に欧米では、「セルフサービス」の概念が広く浸透し始めた時期でもあります。
例えば、セルフ給油がより広く普及し始めたのはこの頃。コンビニ等の店内から給油メーターを操作できるようになり、手動でメーターを戻す必要がなくなって人件費が抑えられるようになりました。1 そこかしこに自動販売機も現れ、コーヒー、スープ、チョコレート、キャンディに至るまで様々な商品が売り手を介さずに買えるようにもなりました。スーパーマーケットでも、客自身が商品を手に取り、レジに持っていくスタイルが主流に。今では当たり前すぎる光景ですが、20世紀半ばまでは店員が客のために商品を集める形が一般的でした。23
そんな具合で銀行でも、引き出しから公共料金の支払いまでの業務を窓口係(Teller)がおこなってきました。しかし、生身の人間による手作業はすぐにネックになり、営業時間中は常に利用者が長蛇の列をつくっていたとか。営業時間を少しでも過ぎれば何のサービスも受けられず、とても使い勝手が良いとは言えませんね。
— いつでも営業している「壁の中の」銀行窓口
そんなシステムを世界で初めて思い描いたのは、アルメニア系アメリカ人の発明家ルーサー・シムジャン(Luther Simjian)だったといいます。彼はイエール大学医学部に進学したものの、並ならぬ写真への愛から医療写真家に転身。後に起業し、テレプロンプターの改良やフライトシミュレーターなど、光学を駆使した数々の発明を後世に遺しました。そして1959年、シムジャン氏は「顧客が制御する装置(Subscriber-controlled apparatus)」の特許を取得します。4
その装置こそ、ATMの前身となったといわれるBankograph(バンコグラフ)でした。
仕組みはシンプル。口座をもっている利用客が封筒に入った紙幣、貨幣、小切手をいれると内部のマイクロカメラがそれを撮影し、撮った写真をレシートとして吐き出す仕様でした。つまり、扱えるサービスは入金のみで、現代のものと比べ非常に機能が限定された機械でした。現代のATMと比べると機能は限定されていましたが、当時の銀行業界にとっては画期的なアイデアだったのです。シムジャン氏は、早速使ってもらおうと各銀行に売り込みに行きました。そして1960年、現在のCitigroup(シティグループ)が6ヶ月の試用期間を設けニューヨークでの稼働を開始したのです。
しかし、期待に反して結果は振るわず・・・。
期待に反し利用客が少なかったバンコグラフは需要がないと判断されてしまいます。利用者がほとんどいなかったため、銀行側は需要がないと判断。営業時間外に預け入れができるという画期的な機能にもかかわらず、なぜ失敗に終わってしまったのでしょうか?理由の一つは、当時の人々が「顔の見えない機械」に対して不信感を抱いていたことです。銀行は透明性を保つことで信頼を得ていましたが、見知らぬ鉄の箱に財産を預けるという行為は、リスクが高すぎたのです。「こんなところにお金を入れたら戻ってこないのでは?」そんなもっともな懐疑心から人々はバンコグラフを避けてしまいました。シムジャンは後にこう記しています。「実際に機械を使ったごく少数の利用者たちは、売春婦やギャンブラーなど、窓口係と顔を合わせることを避けたい職種の人たちだったのであろう。」7
かくして、バンコグラフが日の目を見ることはありませんでした。が、60年代後半になるとアメリカでもATMが積極的に開発されていき、その数は飛躍的に増加していきます。でも、それはまだもう少し先の話。
同時期にヨーロッパでもATMの開発が始まるよ!
お金が出てくる「壁の穴」
一方その頃、イギリスの銀行にはとあるプレッシャーがかかっていました。銀行員たちが労働時間に不満を抱き、労働組合を結成して抗議を始めたのです。彼らの要求はただ一つ。
「土曜朝の営業を廃止せよ!我々に週末を!」
当時、イギリスの銀行は土曜日に朝9時半から正午まで営業していましたが、開店前の準備や閉店後の後始末で業務量は膨らむ一方・・・。長い間「土曜朝抗争」として知られる労働争議が繰り広げられていました。これに加え、さらに数々の問題に経営陣は頭を抱えていました。世界大戦後で労働力が十分に確保できなかったり、国からは国有化をちらつかせられたり、新規事業に労働者階級の顧客を奪われそうになったり・・・。8 このような状況下で、各銀行はサービスの自動化に向けて動かざるを得なかったのです。
そんな中、紙幣などの印刷をなどを受け持つDe La Rue(デ・ラ・ルー)社は、売上の低迷を受け新たな商品のアイデアを探していました。開発部部長を務めたのはジョン・シェパード=バロン(John Sepherd-Barron)。彼はある日、窓口の営業時間に1分遅れただけでお金を引き出すことができずイライラを募らせていました。そして銀行の融通の利かなさに嫌気が差していたその時、彼はバスタブに浸かりながらこんなことを考えます。
「チョコレートがでてくる自動販売機があるなら、お金が出てくるやつがあってもいいよなあ」
これだ!思い立ったが吉日。シェパード=バロン氏は早速、当時業務の自動化に積極的だったバークレイズ銀行に商談を持ちかけます。彼のピッチを聞いた代表はすぐさま契約を結ぶことに。その間、実に90秒もかからなかったとか。9 こうして開発された装置は、De La Rue Automatic Cash System(デ・ラ・ルー・オートマチック・キャッシュ・システム)の頭文字をとってDACSと名付けられました。これをバークレイズ銀行はBarclaycash(バークレイ・キャッシュ)として導入。
そして1967年6月27日、エンフィールド支店で「世界初のATM」がベールを脱ぎました。
多くの見物人が集まる中、最初の利用客として当時
ただし、引き出せる額はちょうど 10
でも、現金を引き出すための券をもらいに
銀行の窓口に並ぶのって、意味なくない?
キャッシュカードと暗証番号の登場
業務の自動化に取り組んでいたのは、バークレイズ銀行だけではありません。DACSと並行して、イギリスの名だたる銀行がそれぞれのキャッシュマシーンの研究開発を行っていました。実際、DACSがデビューを果たした約1ヶ月後には、Chubb MD2 が姿を表します。しかも、このキャッシュマシーンは賞を取るほどに評価され、みるみるうちに台数が増えていきました。さらには、14カ国で流通し、多くの国にとって「はじめてのATM」となったのです。さて、一番乗りのDACSを差し置いてChubb MD2が人気となったのはなぜでしょうか。
— 理由は二つ。
まず一つは、銀行側が欲をかいてしまったから。Chubb MD2は、2つのセキュリティ会社が共同開発したキャッシュマシーンです。Smith Industries(スミス社)は防犯システムを担当し、Chubb Lock and Safe(チャブ社)は頑丈な筐体と装置の流通を担当しました。依頼者は、バークレイズ銀行と並び、当時の四大銀行の一つだったミッドランド銀行。しかし、ミッドランド銀行が独占契約を結べないと判断した途端、契約を破棄。これにより、両社はスポンサーを失いましたが、その後も独自に研究開発を続け、取引先を拡大しました。顧客を一つの銀行に縛られなかったことで、より多くの銀行にシステムを提供することができたのです。12
Chubb MD2が主流となったもう一つの理由は、セキュリティの向上にありました。当時、バークレイズ銀行のDACSは、専用のチケットと6桁の個人番号を組み合わせることで不正利用の阻止を試みていました。しかし、機械が使われていくうちにチケットの脆弱性が浮き彫りになっていきます。たとえば、比較的簡単に捏造できてしまったり、誰かが失くしたチケットを他の誰かが拾えば勝手に使うことができたり・・・。これに対してChubb MD2は、現在のATMにも見られるセキュリティシステムが備わっていました。
それが、キャッシュカードと暗証番号で個人を識別するシステムです。
写真に写る彼こそがシステムの考案者、ジェームス・グッドフェロー氏(James Goodfellow)。彼が手に持つ図書カードのようなそれが、キャッシュカードの祖となった「トークン」です。トークンには無数の穴が空いており、これらは顧客番号(
そしてありがたいことに、トークンはDACSのチケットと違って何回でも使えました。ただし、トークンは一度機械を利用するたびに飲み込まれ、正しく処理が行われた証として銀行が預かり、後日郵便で返却されるしくみでした。グッドフェロー氏いわく、「60年代の銀行はまだ電子記録のみの処理を信用できていなかった」のだそう。それと、ここまでで紹介したATMは、現金を吐き出すだけのキャッシュ・ディスペンサーにすぎません。現在のように便利なATMに近づくのは、もうちょっとだけ先の話。
他のこともできなきゃまだ “ATM” とは呼べないよね・・・。
ATMが「ATM」に成るまで
ヨーロッパで「お金の出る壁」が普及し始めた頃、アメリカ合衆国テキサス州の銀行で順番待ちをしていた男がいました。その名は、ドナルド・ウェッツェル(Donald Wetzel)。彼は、元
「窓口業務の90%、いやそれ以上をこなせる機械を作ろう」14
人類が初めて月面着陸に成功した約6週間後、アメリカ初のATM、Docuteller がニューヨークで設置されます。しかし、この時点ではまだDACSやChubb DM2と変わらないキャッシュディスペンサー。とはいえ、ヨーロッパのATMにはまだないシステムもDocutellerには備わっていました。今のATMカードとおなじように、顧客データを磁気ストライプカードに格納する仕様になっていたのです。Chubb DM2のようにカードの返却を待つことがなく、ATMの利便性がさらにアップ。その後、ニューヨークでの稼働を開始してから、ひとつ、またひとつと台数が増えてゆき、多くの銀行が取り扱うようになりました。その一方、ドキュテル社も「窓口業務の90%以上」の自動化を目指し、開発を進めていきます。
そして1971年、ついに世界初の”ATM”、Total Teller が設置されました。
現金の入出金はもちろん、残高参照から振込まで。文字通り、窓口業務の大半を自動化した、正真正銘のATMがここに誕生したのでした。普及率もどんどん上がっていき、2年後の1973年には約2000台のATMがアメリカ全体に設置されます。16 残念ながら、その後ドキュテル社の業績は振るわず、他社に吸収合併されてしまいます。世界初の自立型ATM、Total Teller も次世代機にどんどん置き換えられていき、いまではその姿を見ることはありません。
さいごに
結局、ATMの発明はだれの手柄だったのでしょうか?
一番最初に思いついたスミジャン氏?世界初のATMを作ったシェパード=バロン氏?セキュリティ向上に貢献したグッドフェロー氏?それとも、真のATMを開発したウェッツェル氏でしょうか?実は、ATMの歴史に関わるキーパーソンはなにも彼ら4人だけではありません。アメリカ初のATMはドキュテル社によるものよりも前に、Diebold社によって発表されていたことがあるのです。16 また、キャッシュディスペンサーの構想は、スミジャン氏よりも前に日本で行われていた可能性もあります。17 こうしてみると、ATMは誰か一人の発明ではなく、高まる需要に応えた世界規模での発明だったと言えるでしょう。最初でこそ訝しげにみられていたATMですが、知名度の向上、セキュリティの強化、さらなる利便性の向上を経て民衆へ受けいられていきました。世界の銀行はこうして、窓口業務のセルフサービス化に成功したのです。
紆余曲折あったATM開発の歴史ですが、現在の普及率を考えると遅かれ早かれ 窓口係(Teller)は機械(Machine)に置き換えられていったのでしょう。世界初のATMが設置されて以来、さまざまな業務が自動化され機械に置き換えられてきた現代。そして今まさに、多くの業務が人工知能に取って代わられようとしています。様々な仕事がますます「オートマチック(Automatic)」になっていく中、利便性と引き換えに格差が生まれてしまうのはないでしょうか。
(意訳)機械なら仕事をより正確に、低コストでこなせる。“ATMマシーン” だって、単純な取引なら窓口係がやるよりずっと効率がいい。本来、効率向上は人々の生活を豊かにするはずだが、もしそれによって失業者が増え、格差が生まれるなら、それは政治的に解決すべき社会問題だ。
— ジェフリー・ヒントン
理想は、自動化技術が誰でも利用でき、格差を生まずに生活水準を向上させること。次にセルフサービス化される仕事は、ATMのような革新をもたらすでしょうか。未来のA◯Mが何になるのか楽しみですね。
あれ、待って。ATMのMって「マシーン」だから
ATMマシーンっていうのは変じゃない?頭痛が痛い的な。
fin.
参考文献
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- England, H. (2024, June 17). How England’s first Self-Service store heralded the birth of the modern supermarket. The Historic England Blog. https://heritagecalling.com/2023/01/12/how-englands-first-self-service-store-heralded-the-birth-of-the-modern-supermarket/#:~:text=Clarence%20Saunders%20introduced%20self%2Dservice,common%20across%20the%20United%20States. [↩]
- Automated Teller Machine – History. (n.d.). https://www.liquisearch.com/automated_teller_machine/history [↩]
- “Automatic Photographer Lets You Pose Yourself”. Popular Science Monthly: 69. September 1929. [↩]
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- Ethw. (2024, March 6). Luther G. Simjian – Engineering and Technology History Wiki. ETHW. https://ethw.org/Luther_G._Simjian [↩]
- Martins Bank. (n.d.). https://www.martinsbank.co.uk/ [↩] [↩]
- Campbell-Kelly, M. (2017, May 25). John Shepherd-Barron obituary. The Guardian. https://www.theguardian.com/business/2010/may/23/john-shepherd-barron-obituary [↩] [↩]
- Reporter, G. S. (2017, November 27). World’s first cash machine turns gold to mark 50th anniversary. The Guardian. https://www.theguardian.com/business/2017/jun/28/worlds-first-cash-machine-turns-gold-to-mark-50th-anniversary [↩]
- White, M. (2015, August 19). 1967: First Cash Dispenser. Guinness World Records. https://www.guinnessworldrecords.com/news/2015/8/60/1967-first-cash-dispenser-392981 [↩]
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- Interview with Mr. Don Wetzel. (1995). https://americanhistory.si.edu/comphist/wetzel.htm#H [↩]
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- Dollars ex Machina | Invention & Technology Magazine. (2000). https://www.inventionandtech.com/content/dollars-ex-machina-1 [↩] [↩]
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- Who invented the ATM machine? automated teller inventor. (n.d.). http://www.atminventor.com/ [↩]
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